ミチイロ

私の偏愛vol.12◆冷えた心をあたためる、私の愛すべきお鍋たち

約 7 分

鍋が好きだ。
お料理の「鍋」ではなくて、調理器具の「鍋」。
短大を卒業して、初任給で買ったものはル・クルーゼだったし、ハタチのお誕生日に親におねだりしたものは圧力鍋だった。

お鍋に開眼した高校時代

まず実家で使っている鍋の話をしよう。

母は令和の世になってもなお、戦後間もなくみたいなアルマイトのお鍋を変わらず愛用している。

カレーも肉じゃがも、シチューだって、アルマイト鍋でつくるのである。

つまり薄いアルミ鍋だ。

しかも母は加減を知らない性格なので、この鍋が異常にでかい。物によっては直径50cmくらいあったりするのだ。赤子の沐浴をまかなえるくらいの大きさだと思ってもらったらいいと思う。

なんていうか、母が読んでいないのをいいことに書いてしまうと、色気がないのだ。

いや、これはこれで、ノスタルジーとか、おふくろの味、とかなんとかこじつければいい風に言えるのだけれど、世の中の理を知った高校生くらいになると、「この鍋、無しでは……」と思ってしまった。

高校時代、私は十代にありがちなコンプレックスお化けになってしまって、ハードなダイエットをするようになっていた。そして、その空腹をしのぐために料理本や、料理番組ばかりを眺めていたのだ。

次第に関心は料理そのものから調理器具に移り、そして、その中心は鍋だった。

もちろん、泡だて器であるとか、ターナーであるとか、テレビや雑誌で見るような格好のいいものに惹かれもしたのだけれど、何せ大概のものはお小遣いやお年玉で買うことができたのだ。そうやって、母の台所をコツコツ私色に染めれば染めるほど、高価で手に入れられない鍋への憧れは募っていった。

我が家のアルマイト鍋とは似ても似つかない、数々のスタイリッシュなお鍋たちに焦がれるばかりだった。

ル・クルーゼに憧れて

まず最初に憧れたのは王道、ル・クルーゼだ。

誰もが知っているホーロー鍋の女王様。

ル・クルーゼで、カスタードクリームが練られる様、ルクルーゼで定番のカレーがつくられる様をテレビで見ては惚れ惚れとした。

高校生時代の私がカスタードクリームを練るのは雪平鍋だったし(ダイエットを公言しながらも趣味のお菓子作りがやめられなかった)、母がカレーを作るのは当然アルマイト鍋(巨大)だった。

どっしりとした安定感と、やさしい曲線、愛らしいカラー。「外国のお鍋」を通すと、見慣れた料理も作り慣れたお菓子も、飛び切りおいしそうに見えた。

忘れもしない、ある夜のこと。

実家の台所で、夕飯の片付けを手伝い終えて、ひとり台所のテレビを眺めていたら、ある高齢の料理家の方がスープを作っていた。

コトコトと野菜を煮込んで、蓋の裏側にたっぷりとついた水滴までも大切にお鍋に戻していたのだ。

パカパカと蓋が浮き沈みする我が家のアルマイト鍋では考えられないくらいの水滴が、お鍋の中に戻されていた。

そして、その時使っていたお鍋が白色のル・クルーゼだったのだ。出来上がったそのスープの滋味深いのであろう味は、画面の向こうからでも芳醇なまでに伝わってきた。

少し前から“料理家の人たちが使うお洒落なお鍋”程度には存在を知ってはいたものの、その画面から伝わるル・クルーゼの魅力は圧倒的だった。

「あのお鍋でつくったスープを食べてみたい」。
憧れが夢に変わった瞬間だった。

のちに知るのだけれど、その料理家の方は「いのちのスープ」で有名な辰巳房子さんだった。

冒頭にも書いたように、のちに私は初任給で憧れのル・クルーゼを手にすることとなる。

直径16㎝ で、カラーはオレンジだ。あの白いル・クルーゼが鮮明に脳裏に焼きついていたにもかかわらず、なぜオレンジにしたのか今となっては覚えていない。

ただ、この鍋を買うまでに穴が開くほどパソコンの画面を眺めていた、ということだけははっきりと覚えている。

画面の中に並ぶ様々な色のル・クルーゼを見つめながら、これだ、と思うなにかがオレンジのル・クルーゼにはあったのだろう。

オレンジのル・クルーゼは、慣れないひとり暮らしを彩る心強い相棒となった。作っていたものはと言えば、あの日テレビで観たスープをまねて、スープばかり。レパートリーもそれほどなかったし。

その後、キャサリンホルム、ル・クルーゼのホワイト、ビタクラフトの圧力鍋などを着実に手に入れてゆき、私のお鍋ライフは順風満帆に進んでいった。

王様ストウブがやってきた

そうして、満たされ切った数年を過ごしていたところに飛び込んできたのが、煮込みやオーブン料理などに幅広く使える、鋳物ホーロー鍋、ストウブだった。

いったん気になってしまうと、これ以上は望むまい、とどれだけ自分に言い聞かせても、ストウブがあちこちで目に付くようになってしまう。
叶わぬ恋だと心に蓋をしても、またふらりと視界に現れる、罪深いストウブ……。

想いを募らせること数年、その日は突然訪れた。

結婚して家を建てた我々に、建築会社の社長さんが大きな箱をプレゼントしてくださった。そう、ストウブだった。

憧れ続けたストウブ、高根の花だと思っていたストウブ、叶わぬ恋だと諦めていたストウブ、あのストウブが、信じられない、私のものになったのだ。

あの日の喜びを例えるなら、長女が初めて歩いたその日かそれ以上だ。そのくらい感激したのだ。

もう、毎日一緒に寝たいとすら思ったほど嬉しかった。寝ないけど。

ル・クルーゼが女王様で、キャサリンホルムをお姫様とするならば、ストウブは紛れもなく王様だ。ムラのない加熱、抜群の保温性、水分をこれでもかというくらい逃がさない圧倒的な包容力。どれをとっても素晴らしい。使うたびにその魅力に圧倒されている。

高校生だった私が憧れ続けた、とびきりのお鍋たちが我が家には今、並んでいる。

だから、鍋が好き

冬になると煮込みがいっそう楽しくなる。

ストーブの上に鍋を乗せておいて、ガス代を気にせず朝から肉塊を煮込んだりする。

スペアリブとか、牛すじ肉とか、煮込まないとおいしく食べられないようなものを何時間でも煮込むのだ。

家の中にしっとりと蒸気が籠ってほんのりあたたかくなる。

愛すべき鍋が粛々と役割をこなしていく姿と、くらくら煮えてほどけていく肉を見ていると、暮らしの尊さと胃袋への期待値が、混じり合って癒しに変わる。

寒さと薄暗さで弱気になった心を、鍋がたいらに馴らしてくれるような感覚だ。

ただ火にかけて放っておくだけなのに、ちゃんと暮らしているような気になってずいぶんと効率がいい。

毎日せかせかと暮らしていると、楽しみを見つけることさえ億劫に思えることなんて、しょっちゅうだ。だから、こうして生活の延長線上に愛すべき相棒がいるのは、心を少しだけ丈夫にする。

あったかいお茶を飲みながら、ときどきお鍋の蓋を開けてゆらゆらゆれる肉を眺める。

私には、そんな冬の楽しみがある、のだ。

愛すべき推しお鍋

① ル・クルーゼ

知らない人はいない、王道的ホーロー鍋のル・クルーゼ。
やさしい煮込み料理に使っています。

カボチャの煮物とか、肉じゃがとか、煮崩れさせずにやさしく煮込みたいとき。

ガンガン煮込む、というよりも、コトコトおだやかに煮込むイメージです。

前述のとおり、女王様、という感じ。

② キャサリンホルム

すでに製造が終了しているので、現在入手できるものは割と高値なことが多いです。

私は古着屋さんで(!)購入しました。

こちらもホーロー鍋ですが、あまり厚みのないお鍋なので、茹でる、蒸すが主なお仕事。

あとはお味噌汁などの日常使いに。ホーロー鍋なのに軽くて扱いやすいのも魅力。

そして、なんと言っても愛くるしいフォルム。そこに居るだけでいいのだよ、と言いたくなう愛されお鍋。つまり、姫。

③ ストウブ

保温性、気密性に優れているので、水分を逃がさず、がっつりした煮込み料理に向いています。静かにことこと煮込んでいると見せかけて、圧力鍋かと思うほどしっかり煮込んでくれます。

まさにパワー系ホーロー鍋。ストウブに煮込めないものはない。
骨付きスペアリブも、一キロのすじ肉も、ストウブがあれば怖くないのです。

ストウブがあればたいていの肉塊は制覇できます。ホロホロになります。

まさにキング。王様的存在感です。

ただ、短時間で時空が歪むほど煮込んでくれるので、煮崩れしやすいものを調理するときはご注意を。

④ アルマイト鍋

母が今も愛用するアルマイト鍋。

あんなに「無し」だと思っていたのに、最近すこし、悪くないのでは……と思い始めています。

肉も野菜もホロホロにならない、しゃきっとしたカレーはあのアルマイト鍋だからこそ作れるのかもしれません。

アルマイト鍋を使いこなしてみたい気持ちが湧いているこの頃です。

執筆・撮影:ハネサエ.(@puhico06
編集:卯岡若菜(@yotsubakuma

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