私はゲームが好きだ。
今でこそテレビではゲ―ムのCM がたくさん流れ、ゲームに関するイベントも大々的に行われるようになったが、私が子供のころは「ゲーム=オタク=変な人」という認識が強かった。
ましてや私は女。親もゲームが好きだったので家では自由にゲームを楽しんでいたが、友人にはほとんど言えないでいた。ゲームに対するネガティブな話題が上がると気配を消した。
本当は大好きだったのに。
今はゲームが好きだと公言できる時代になった。大御所と呼ばれる芸能人がゲームCMに出演し、ゲーム愛を公言するタレントも人気を高めている。
私はといえば、結婚して子を産んだ今でもゲームに夢中だ。仕事と子育てで忙しくしばらく手を付けられない時期もあったが、熱は冷めないまま今も燃え続けている。
ゲームにハマって30年以上。なぜこんなにもゲームに心を奪われるのか。その魅力に想いを巡らせてみた。
心に染みわたる「世界観」
パズルや格闘ゲームも好きだが、私がもっとも情熱と時間をそそいでいるのはRPG(ロールプレイングゲーム)だ。分かりやすく言うと勇者になって悪と戦い世界を救う系のゲーム。ドラクエやFFの類といえば伝わるだろうか。
ロールプレイングというが、私は主人公(プレイヤーキャラ)を自分だと思ったことはない。ひとつの世界をのぞき見しているような気持ちでプレイしている。映画を見ている感覚に近い。
「なら映画を見ればいい。プレイしたところで、どうせ結末は決まっているんでしょう?」
何度か言われたセリフだが、それは違う。映画とゲームの楽しみ方は全く違うのだ。
ゲームでは自分の意思で世界を動きまわれる。NPC(ノンプレイヤーキャラクター)のセリフには世界の呼吸があり、丘から眺める夕焼けには世界の鼓動がある。ストーリーそっちのけでタンスを開け、チョコボとともに宝探しに明け暮れ、年に一度しか咲かない花を求めて森を歩く。映画やドラマよりもずっと長い時間をかけ、自分のペースで見たことのない世界にどっぷりひたれるのだ。
RPGの定番は剣と魔法でドラゴンと戦うファンタジーな世界だが、自転車で街を移動しデリバリーでピザを注文しバットで敵と戦う世界もある。そう、「大人も子どももおねーさんも」楽しめるスーパーファミコンの名作「MOTHER2」。私がもっとも世界観に衝撃を受けたゲームだ。
MOTHER2の世界にひたりたいがために、数年おきにスーパーファミコンを引っぱり出してはカセットを押し込んだ。主人公の名前を決めて図書館で地図を借り、オネットの街を歩いてフランクさまを倒す。所要時間は1時間程度。壮大な物語の始めをなぞるだけの旅だが、それだけでノスタルジックな気持ちでいっぱいになり、心が温かくなる。
こんな風にときどきふっと帰りたくなる世界を、私はいくつも持っている。疲れたときに歩きたくなる世界や泣きたいときに佇みたい世界。衝動のまま暴れることのできる世界だってある。
ゲームの世界は虚構の世界。そんな言葉も耳にするけれど、私にとっては現実と変わらない。だって私の心をこんなにも動かしてきたのだから。
何度でも辿りたくなる「ストーリー」
恥ずかしながら、私はゲームをしながらよく泣く。物語に入り込みすぎてしまうのだろう。
それぞれの世界で個性的なキャラクターが織りなすストーリー。じっくりと世界にひたれるからこそ、それぞれのちょっとしたエピソードも心に入ってくる。
兄と弟、どちらが王位を継ぐか。兄弟で争わないために、弟を自由にするために、兄が細工したコインで行われた砂漠の城のコイントス。
私が大好きなゲーム「FF6(ファイナルファンタジー6)」のワンシーンだが、初回プレイから20年たった今でも鮮明に覚えている。パーティーキャラのちょっとした回想イベントであるにもかかわらず、だ。
もちろんほかにも忘れられない物語はたくさんあって、語り始めたら泣きながら夜明けを迎えることになるだろう。
あのキャラに会いたくて、あの話をたどりたくて、何度も何度も同じゲームをプレイする。ゲームは本や映画と同じように、繰り返し楽しむものなのだ。
ゲーム外の生活をも彩る「音楽」
今まで何十本のゲームをクリアしたが、何度も繰り返したくなるゲームには共通点がある。音楽が良いのだ。
ゲームをしていて「良い曲だなぁ」と思うレベルではなくて。あの曲をバックにバトルしたいとか、あの曲を聞きながら世界を歩きたいとか。ただそれだけのために私に再びコントローラを握らせるほど、音楽はゲームの中で大きなウェイトを占めている。
良い音楽はゲームから離れても聞きたくなる。ゲームをしたいのではなく、「あの曲が聞きたい」となるのだ。
昔はテンションが上がり血が騒ぐような曲が好きだった。「ジプシーダンス(ドラゴンクエスト4)」はPHSの着メロにしたし、「飛翔(ゼノギアス)」は受験勉強を支えてくれた。
「meaning of birth(テイルズ オブ ジ アビス)」「Waltz for Ariah(ヴィーナス&ブレイブス)」といった涙腺崩壊必至の曲については言うまでもないだろう。
大人になると曲の好みも変わる。たとえば「Second Run(テイルズウィーバー)」や「ポドールイ(ロマンシングサガ3)」のような、ゲームの世界観を強く感じる曲にも惹かれるようになった。前よりもっと深く音楽を感じるようになったのかもしれない。
大好きなゲームはサントラを買う。ジムで、車の中で、仕事用のデスクで、心を打つシーンを思い出しながら音楽を聞く。カーナビに入っている曲の8割はゲーム音楽だ。
この記事を書いている今も「サンレス水郷(FF13)」を流している。音も、声も、思い出す映像も、すべてが美しい。
私の生活には常にゲーム音楽があった。昔は共感してくれる人がほとんどいなくて言えなかったけれど、今なら言える。ゲーム音楽って、本当にいいものですね。
そしてまた、旅に出る
世界観、ストーリー、そして音楽。私はゲームを生活になくてはならないものとしてとらえている気がする。
いじめられていた中学時代も、婚約者にフラれたときも、切迫流産で入院したときも、家族や友人とは違った角度から私を支えてくれたのはゲームだった。いろんなことに縛られる現実からふっと違う世界に行く。それだけで、私はぐっと生きやすくなった。
家事に育児に仕事に人間関係。消耗する毎日だけれど、今月も来月も私の心をくすぐるゲームが発売される。新しい世界が私を待っているのだ、ヘコんでいる暇はない。
さぁ、次はどんな世界を生きようか。
私の心をつかんで離さない作品たち
記事内で触れた作品のうち、いくつかをピックアップしてご紹介。ちょっとゲームでもやってみようかなという気持ちになれる作品です。
MOTHER2
かわいくてユーモラスな世界観はもちろん、セリフやネーミングに見られる言葉遊びが秀逸。「ドラッグストアはひがしだよ!…ひがしはにしのはんたい! 」「ぐんまけん!」こんなセリフを突然投げかけられるゲームなんて、そうそうないだろう。
口笛を吹きながら自転車に乗って仲間と旅をし、デパートや博物館で記念撮影をして、街で絡んできたこまったおじさんをやっつけ、寂しくなったら親に電話をかける。どこか私にもできそうでやっぱりできない体験。まさに唯一無二の傑作だ。
ファイナルファンタジー6
世界観とキャラクター、そして音楽がとにかく良い。14人のメインキャラクターそれぞれに物語があり、何度なぞっても新しい感動を覚える。発売から25年経った今でも時折思い出しては心が熱くなる名作。
絶望的な状況の中、キャラクターたちがもう一度希望を手に飛び立つシーンで流れるBGM「仲間を求めて」。きれいな夕日を見るたびに思い出して涙するのは私だけではないはずだ。
ヴィーナス&ブレイブス ~魔女と女神と滅びの予言~
絵本のようなあたたかみのあるグラフィックとドラマチックな音楽に惹かれて買った作品。ストーリーは不老不死の主人公を団長率いる騎士団が100年戦い続けて災厄に立ち向かうというもので、ひたすら湧き出る敵と戦い続けるというゲームスタイルは斬新だった。
老兵の教えは若い弓使いへ、そしてひねくれた冒険者へと受け継がれていく。かつての友の血を受け継ぐ青年は時を経て騎士団を支える力になる。年とともにくり返される加入と離脱、誕生と死を見守る主人公の視点が心を打つ隠れた名作だ。
執筆・写真:高梨リンカ(@ton_arukikata)
編集:卯岡若菜(@yotsubakuma)
▼高梨リンカさんのミチイロインタビュー記事はこちら。