ミチイロ

私の偏愛vol.9◆クラシックに包まれ、クラシックを抱きしめる幸せ。

約 11 分

気づけばクラシック音楽が好きだった。

何度聴いても飽きることのないメロディー。温かく、時に切なく私を包むハーモニー。美しく響く、楽器の音色。
音は奏でられたそばから空気へ溶けていく。捧げもののようだ、と思うことがある。

クラシックは古くてお堅い音楽?

クラシック音楽と聞くと遠い昔の人が作った音楽のように感じるかもしれない。

しかし、クラシック音楽の歴史において古い時代の作曲家であるバッハが生まれたのは、今からおよそ300年と少し前だ。最近の作曲家になると、数十年前まで生きていたり、作曲家本人の演奏の録音が残っていたりもする。

例えば、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。ソチオリンピックで浅田真央選手がフリーの演技に使用したことでも知られる名曲だ。この曲の本人演奏版のCDがある。録音は古いが、ピアノの名手であったラフマニノフの熱く力強い音を聴くことができる。

クラシック音楽がまさに生まれていた時代、それは人々にとって最新の表現だった。例えば、ワーグナーの新しいオペラが初演されるのは、現代において新海誠監督の新作が公開されるのと同じような受け止められ方をしていたはずだ。

モーツァルトの音楽は、現代では「頭が良くなる」「胎教に良い」などと評判だが、当時は難しくて万人受けはしなかったと聞いた。「最近の若い人の音楽は分からない」というのは、いつの時代でもあったのだろう。

当時生まれた音楽で、今に残っているのはほんの一部だろう。時々、私たちが今聴いている音楽の中で、100年、200年後まで残っていくのはどの曲かな、と考えたりする。

クラシックと歩んできた日々

私は農家で生まれ育った。クラシックにはあまり関心のない家庭だったが、叔母が弾いていたピアノがあった。叔母が学生時代にアルバイトでお金を貯め、中古で買ったものだ。

私は4歳でピアノを始めた。幼稚園の敷地内にヤマハの教室があり、母が私にやりたいか聞いたところ「やりたい」と言ったそうだ。

小学校に上がってからは個人の先生に習っていたが、その頃出会ったのが、NHK教育で放送していた『音楽ファンタジー・ゆめ』。5分間という短い時間に可愛らしく編集されたクラシック音楽たち。演奏は電子音だったが、カラフルなアニメーションとともに流れる曲の数々に強く惹かれ、熱心に観ていた。地方の片隅で、平坦な日々を送っていた私にとっては、まさにひと時の夢だった。

中学・高校は吹奏楽部。中学でフルート、高校ではファゴットを吹いていた。ピアノもずっと続けていた。お小遣いが少なかったから、よく図書館でクラシックのCDを借りた。勉強に追われる日々、学生特有の面倒くさい人間関係。クラシックにただ浸る時間が、最高の休息だった。

揺れ動いた時期。クラシックとの距離も揺れ動く

こんな私だが、クラシックを聴かなくなっていた時期もある。大学に入ってからの1年半だ。

大学の雰囲気になじめず、勉強にも身が入らず、恋愛でも袋小路に入り込んでしまっていた暗い時代。大学の楽団には入る気になれず、吹奏楽は続けなかった。大学から目を背けるようにアルバイトに打ち込む日々。クラシックは聴いてもなぜか染み込んで来ず、聴かなくなった。当時の私はCoccoや鬼束ちひろに助けを求めた。

その後、全てのことから一旦離れたくて、半年と少し留学をした。行き先はシドニー。両親の希望だった時差の少ない国。決め手はオペラハウスだった。留学してすぐは、ホームステイをしていた。ステイ先にはピアノがあり、ホストファミリーの男の子はクラリネットが吹けたので、一緒に演奏した。久しぶりのクラシックは、温かかった。

ステイ先を出て街に住むようになってからは、時間とお金が許す限りオペラハウスに足を運んだ。ラ・ボエーム、ドン・ジョヴァンニ、蝶々夫人。オーケストラの演奏会も、学割チケットを手に何度も聴きに行った。シドニーのリラックスした空気の中で音楽に浸ったあの時間は、今でも宝物だ。

大学を卒業後、上京し就職。私はまた、クラシックを聴かなくなった。忘れていたと言ってもいい。

環境の変化についていけなかったのか、私は適応障害になっていた。だるい身体と重苦しい頭をどうにか会社に持って行くのが精一杯で、音楽自体、聴いていた記憶があまりない。

ある時、久しぶりにCDショップへ入った。クラシックコーナーに試聴機を見つけた。ベートーベンの交響曲だった。

聴きながら、涙が溢れて止まらなかった。
まるで、長い間姿を消してしまっていた飼い犬と再会できた時のような気分だった。

同時に、自分が情けなくて仕方なくなった。苦境にあっても自分を貫いたベートーベン。当時の私は貫きたい自分すら見失っていた。

申し訳ない。会社にも、自分にも、音楽にも。
この時から、辞めることは自分の中で決定的になっていったのだと思う。そして数週間後、私は退職した。

クラシックがあるから私の心は安定し、心が安定しているからクラシックが聴ける。いつの間にか、クラシックは私にとって、欠かせない伴走者となっていたようだ。

コンサートはライブだ!~私のコンサートの過ごし方

子供が生まれてからも、家族の協力を得て、年に何度かはコンサートに足を運んでいる。「あんなに長い時間、ただ座って音楽を聴いているなんて楽しいの?」という方へ、私のコンサートでの静かなる熱狂をお届けしたい。

一般的なコンサートは、

  • 15分程度の曲
  • ピアニストなどのゲスト(ソリストという)を迎えて演奏する「協奏曲」
  • 休憩
  • 30分以上かかる交響曲などの大曲

という構成であることが多い。

1曲目、私は耳のチューニングを行う。日頃、スピーカーの音に慣れた耳には、生音は少し遠く、ノイズ混じりに聞こえる。数分間聴いていると段々と音がクリアになってくる。嬉しい瞬間だ。

そして2曲目の協奏曲に向けて気持ちが高まってくる。

私はコンサートを選ぶ際、ソリストは誰なのかを重視する。協奏曲が、自分にとってのハイライトである場合も多い。

以前、仙台フィルの公演にピアニストのダン・タイ・ソン氏が出演した。私はたまたま録画した彼の演奏に心を奪われ、何度も何度も繰り返し見ていた。その彼が仙台に来るというので、片道1時間半かけて聴きに行ったのだ。見た目は普通の優しそうなオジサマであるが、私にとってはアイドル級の存在である。彼が舞台袖から現れた瞬間、私は「キャー」と叫ぶ代わりに、はち切れんばかりの拍手で迎えた。彼と同じ空間で、彼の音に包まれる時間は幸せそのものだった。

悩ましいのは、そのソリストが好きであればあるほど、本人の音や一挙手一投足に集中してしまい、オーケストラを含めた音楽全体にまで注意を向けられないことだ。まだまだ修行が足りない。

協奏曲の後のアンコールも楽しみの一つだ。

ソリストが短い曲を演奏してくれる。先に演奏した協奏曲と関係のある選曲のことが多いが、自身のお気に入りの曲、外国の方であれば自国の作曲家のものなど、様々な選曲意図があり面白い。

協奏曲は、プロの演奏家にとっても難易度が高く、オーケストラに負けないようにと力みが出てしまうことも多い。そんな大曲を演奏し終えた安堵感と高揚感の中で奏でられるアンコールでは、集中と脱力が心地よく調和した、その人本来の音が堪能できる。

さて休憩を挟み、最後の大曲である。

交響曲は3から4楽章で構成されている。一般的に2楽章はゆったりした曲調となり、メロディーやハーモニーがとても美しい。私は時々ここでウトウトする。周りの人に迷惑をかけないよう気をつけながら。お風呂に浸かりながら居眠りをしてしまうような、至福のひとときだ。

最終楽章に入り、曲が盛り上がるにつれ、「あぁ、もうすぐ終わってしまう。終わってほしくないなあ」と切ない気持ちになる。最後の一音まで噛みしめると、心はホカホカ、充電完了だ。

暇そうなんて、とんでもない。

コンサートは刺激と癒しが織り交ざった、極上のライブなのだ。

見つけて、見守る。~音楽家に愛と尊敬を込めて

ここ数年、若手の演奏家に注目している。コンクールの演奏などを聴き、「この人の音が素敵!」とか、「この人はこれからどんどん活躍していきそう!」という人を見つけては、秘かに応援するのだ。いわゆる「推し」だろう。

一見イマドキの若者が、一心に音楽に打ち込み、タキシードやドレスの凛とした姿で演奏を披露し、新たなステージへの扉を開く。音も、音楽も、どんどん変わっていく。その様子を目の当たりにできるのは、本当に幸せなことだ。

本当ならば各地のコンクールを渡り歩きたいところだが、地方で子育て中の身では無理。幸い、日本で一番大きな「日本音楽コンクール」は、予選からラジオ放送があり、本戦は後日テレビで放送されるほか、ドキュメント番組も制作されている。

このラジオ放送で出会ったのがチェロ奏者の水野優也さんだ。澄んだ音色が耳に飛び込んできて以来、ずっと秘かに応援してきた。高校生だった彼も、20歳を超え、技術・表現ともに格段にレベルアップ。活動の幅もどんどん広がってきた。

彼の生音が聴きたくてたまらなくなった私は、彼の出演するコンサートを夏休みの家族旅行の予定に組み込み、長男と聴いてきた。最高に幸せなひと時だった。

今年も12月下旬に本選の演奏のダイジェスト版とドキュメント番組の放送が予定されているので、ぜひご覧いただきたい。きっと気になる演奏家に出会えるはずだ。

第88回日本音コン本選会 NHK放送予定

私も挑戦を始めよう。

彼らに出会って、私には新たな夢ができた。

それは、書くことで、クラシック音楽や演奏家の魅力を伝えること。

聴く人がいて、演奏会に行く人がいて、彼らの音楽活動は成り立つのだ。クラシックという世界を選び、音楽と自分自身に挑み続けている演奏家の力になりたい。

そして彼らに興味を持ってもらうことで、クラシックに関心を持つ人が増えたら嬉しい。

大切な私のパートナー、クラシック音楽。
これからは、私も恩返ししていくからね。

始めの一歩、いかがですか

クラシック、興味はあるけどどれから聴いたらいいかわからない、という方へ、
ラヴェルの『ピアノ協奏曲ト長調』を勧めたい。『のだめカンタービレ』の中にも出てきた作品なので、ご存知の人もいるかもしれない。
スリリングな第一楽章、この上なく美しい第二楽章、そして第三楽章の疾走感。
「こんなクラシックもあるんだ!」と思っていただけるはず。

You Tubeチャンネル「Classical Vault1」より『ピアノ協奏曲ト長調』

執筆・写真:仲村きなこ(@5classicalmusic
編集:卯岡若菜(@yotsubakuma

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